「本当に、大丈夫だったのかな……?」
スマホの画面に映るメッセージを見つめながら、そっと息を吐いたのを覚えています。
画面の向こうには、初めて会う男性のプロフィールが表示されていました。
穏やかな表情のスーツ姿の写真、簡潔だけど丁寧な自己紹介。そして、短くやり取りを交わしたメッセージの履歴。
「今日はよろしくお願いします。お会いできるのを楽しみにしています」
たった数行のやり取りなのに、心臓がドキドキしていました。
スマホを握る手がじんわりと汗ばんでいたことを、今でもはっきりと思い出します。
パパ活という言葉を初めて知ったのは、大学の友達との何気ない会話でした。
おしゃれなカフェで、彼女がコーヒーを飲みながら何気なく言ったのです。
「最近、パパ活をしている子が増えてるよね。彩乃も興味ある?」
その時は軽く流しました。
でも、バイトを掛け持ちしても生活はギリギリで、奨学金の返済や家賃の支払いを考えると、気持ちはいつも焦っていました。
そんな時に、SNSで「安心してできるパパ活」という言葉を見つけて、少しずつ調べるようになったのです。
──そしてあの日。
私は、待ち合わせのホテルラウンジの前に立っていました。
出会い──最初の一歩

待ち合わせの場所は、都内の高級ホテルのラウンジでした。
普段はなかなか来ることのない、洗練された空間。
磨き上げられた大理石の床に、落ち着いた照明が反射していました。スタッフの人が静かに行き交い、柔らかなピアノの音が流れていました。
約束の時間より少し早く着いた私は、鏡を見ながら身なりをチェックしました。
ワンピースの裾を整えて、髪を指でそっと梳かします。派手すぎず、でも上品に見えるように選んだ服でした。
少しでも緊張を和らげたくて、深呼吸をしたのを覚えています。
「川村彩乃さんですね?」
ふと顔を上げると、スーツ姿の男性が微笑んでいました。
年齢は40代半ばくらいだったでしょうか。
背が高くて、整った顔立ち。でも何より印象的だったのは、その穏やかで落ち着いた雰囲気でした。
「あ……はい。初めまして。よろしくお願いします」
軽く会釈すると、彼は「緊張しなくて大丈夫ですよ」と優しく言いながら、ラウンジの席へ案内してくれました。
会話の中で生まれる安心感

テーブルには、透き通るグラスに注がれた紅茶が置かれていました。
目の前に座る彼は、ゆったりとした口調で話し始めました。
「彩乃さんは、学生さんなんですね。何を勉強されているんですか?」
「はい、経済学を専攻しています。将来は金融関係の仕事ができたらいいなって思っていて……」
私の話を、彼は静かに頷きながら聞いてくれました。
そのまなざしには、押しつけがましさもなく、急かすような感じもありませんでした。
自然と緊張が和らいでいったのを覚えています。
「しっかりしているんですね。僕も若い頃は、お金の管理に苦労しましたよ。社会に出ると、学ぶことが本当に多いですよね」
彼の話は穏やかで、まるで年上の友達と話しているような感覚でした。
初めてのパパ活。
未知の世界に足を踏み入れることに、不安がなかったわけではありません。
でも、彼との会話の中で、その不安は少しずつ薄れていったのです。
食事とお別れ──初めてのお手当

ラウンジでの会話の後、彼は「少し早いですが、食事に行きましょうか」と提案してくれました。
向かったのは、ホテル内の落ち着いたレストランでした。
静かに流れる音楽と、洗練されたテーブルセッティング。
ナイフとフォークの持ち方さえぎこちなく感じてしまったのを思い出します。
「リラックスして、ゆっくり食べてくださいね」
彼の言葉にホッとして、少しずつ食事を楽しむ余裕が出てきました。
食事を終える頃には、最初の緊張もだいぶほぐれていました。
別れ際、彼はそっと封筒を差し出しました。
「今日は楽しかったです。無理せず、自分のペースで進めてくださいね」
受け取った封筒の中には、初めてのお手当が入っていました。
金額を見て、少し驚きながらも、どこかホッとする自分がいたのを覚えています。
「こちらこそ、今日はありがとうございました」
心からの感謝を伝えて、私はホテルを後にしました。
──初めてのパパ活。
帰り道、夜風に吹かれながらスマホを開いて、これからのことを静かに考え始めたのでした。
…続く
